大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和63年(ワ)3465号 判決 1990年6月18日

原告 有限会社きぬ

右代表者代表取締役 石野絹江

右訴訟代理人弁護士 蔵元淳

同 亀田徳一郎

被告 日産生命保険相互会社

右代表者代表取締役 矢崎恭徳

右訴訟代理人弁護士 馬橋隆紀

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、原告

1. 被告は原告に対し、金一億五一二〇万円及びこれに対する昭和六二年一〇月二九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 仮執行の宣言

二、被告

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1. 被告は生命保険等を業務とする相互会社であるところ、昭和六一年一二月一八日原告と被告とは左記利益配当付定期保険(VIP保険)・災害割増特約を附加した契約を締結し、同日、原告は被告に対し、第一回保険料金四七、四三〇円(主契約分金四二、〇〇〇円、特約分五、四三〇円)の支払いをした。

被保険者 石野登(以下「訴外石野」という。)

受取人 原告

保険金額 一億円

災害保険金 五〇〇〇万円

入院給付金 日額一万円(一入院一二〇日限度)

2. 訴外石野は、昭和六一年一二月二四日、鹿児島市城南町鹿児島市中央卸売市場西側水産岸壁において自動車を運転中、運転を誤って同地先海中に自動車ごと転落した。訴外石野は救助され、鹿児島市医師会病院にかつぎこまれ治療を受けたが意識を回復せずいわゆる植物人間となり、終身常に介護を要する状態(身体障害第一級)のまま、昭和六二年九月三日同病院で死亡した。

3. そこで原告は被告に対し1項記載の保険契約に基づき左記保険金及び入院給付金の支払請求権を有することになった。

(一)  高度障害保険金 五〇〇〇万円

(二)  死亡保険金 一億円

(三)  入院給付金 一二〇万円(昭和六一年一二月二四日から同六二年九月三日まで二五四日の内一二〇日分)

以上合計金一億五一二〇万円

4. 原告は被告に対し、右保険金、入院給付金及びこれに対する請求書送達(昭和六二年一〇月二八日)の日の翌日から完済まで年五分の割合による民事法所定の遅延損害金の支払いを求める。

二、請求の原因に対する認否

1. 1項のうち、原告より、原告主張の保険契約の申込があり、第一回の保険料に相当する金員が支払われたことは認めるが、原告と被告との間で右保険契約が締結されたことは否認する。被告は原告からの申込を承諾していない。

2. 2項のうち、訴外石野が、昭和六一年一二月二四日に原告主張の場所において自動車を運転中に海中に自動車ごと転落したことは認めるが、これが訴外石野が運転を誤ったことによるものであるか否かについては不知。その余の訴外石野の容態および死亡の事実などについては不知。

3. 3項は否認する。

4. 4項は争う。

三、抗弁

1. 本件保険の申込み

本件保険は、昭和六一年一二月一八日、原告より被告鹿児島支社を通じ、契約者を原告、被保険者を原告代表者訴外石野、死亡保険金受取人を原告として申し込まれたものである。そして、その申込み内容は、死亡保険金一億円、災害保険金五〇〇〇万円、災害入院給付金日額金一万円、医療入院給付金日額一万円、保険料は一か月金四万七四三〇円としてこれを月払いするとのことであった。

2. 保険契約の諾成契約と成立前契約確認

保険契約は、契約者からの申込みがあり、これを保険者である保険会社が承諾することによって成立する諾成契約である。そして、保険者としては、本来、その保険の申込みを承諾するか否かの自由を有するものであって、承諾義務を負っているものではない。

確かに、保険者において、承諾の自由が無条件で認められるものではない。しかしながら、当該保険の申込みが保険適格を有しないとすれば、保険者である保険会社において、その契約の締結を拒絶できることは当然のことである。

被告においても、各支社を経由して送付された申込みが、本件保険のように高額保険の場合には、本社において、成立前契約確認と呼ばれる調査検討を行うことになっている。そして、その申込みに保険適格性があれば、被告は、これを承諾し、保険契約が成立することになるし、また、もし、適格性がないとすれば、承諾することなく、契約は不成立となる。なお、保険契約が成立すれば、被告の責任は、約款の規定により第一回保険料相当額の支払時に遡って生じることになっている。

3. 本件保険の申込みにつき承諾できなかった理由

被告が原告からの本件保険の申込みにつき、成立前契約確認を行い、保険適格性がないと判断し、被告は原告に対し昭和六二年一月七日に承諾できない旨の意思表示を行った。その理由は、

(一)  原告が経営不振に陥り、支払い不能の状態であった。

(二)  原告は、本件保険申込み以前において、すでに本件保険と同様に被保険者を訴外石野、死亡受取人を原告として左記保険契約(死亡保険金合計金三億三〇〇〇万円、災害死亡保険金合計金六億二〇〇〇万円)に加入しており、これに加えて、保険金一億円(災害死亡保険金一億五〇〇〇万円)の本件保険契約を締結することは、道徳的危険防止の点から許されない。

(1) 第一生命

死亡保険金 三〇〇〇万円

災害死亡保険金 六〇〇〇万円

(2) 朝日生命

死亡保険金 一億五〇〇〇万円

災害死亡保険金二億五〇〇〇万円

(3) 三井生命

死亡保険金 一億五〇〇〇万円

災害死亡保険金二億六〇〇〇万円

(4) 大正火災海上

災害死亡保険金 五〇〇〇万円

ことなどである。

四、抗弁に対する認否

1. 1項は認める。

2. 2項は認める。

3. 3項の内、他社保険加入について認めるが、その余は争う。

4. 被告のいう保険適格性の有無は、被保険者の身体的状況のみについてなすべきである。

仮りに、保険適格性の有無について道徳的危険を含める説に立つとしても、保険者としては第一回保険料相当額の受領当時被保険者の身体、健康その他に契約の締結を拒否すべき事由がなければ、承諾前に死亡したことは奇貨として承諾しないことは信義則からも許されない。

5. 原告は本件保険申込みの時点で、本社の他に支社を置き、併せて従業員三十数名を雇傭し、月間の売上げは平均三〇〇〇万円を越えていた。原告が昭和六一年一二月二九日に第一回不渡りを出したのは、同月二四日訴外石野が本件事故に遭ったことに起因するものである。

また、原告は保険料の支払能力は十分であったし、訴外石野に万一のことがあった場合に三十数名の従業員及びその家族の生活を保証するため、被告指摘の数社の保険会社と保険契約を締結していても、決して不相応であるとはいえない。

以上のとおり、原告には、道徳的危険があるなどといわれる事態はなかった。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、請求原因1項のうち、原告主張の保険契約の申込があり、第一回保険料に相当する四万七四三〇円が支払われたことは当事者間に争いがなく、被告が承諾をしたことを認めるに足る証拠はない。

二、同2項のうち、訴外石野が昭和六一年一二月二四日原告主張の場所において自動車を運転中に自動車ごと転落したことは当事者間に争いがなく、証人石野絹江の証言及び弁論の全趣旨によれば、訴外石野は右同日よりずっと植物人間のようになり、同六二年九月三日死亡したことが認められる。

三、そこで、被告の抗弁につき判断する。

1. 抗弁1、2は当事者間に争いがない。

2. 抗弁3のうち、原告が本件保険申込み以前において、すでに被保険者を訴外石野、死亡受取人を原告として左記のとおりの保険に加入していたことは当事者間に争いがない。

(一)  第一生命

死亡保険金 三〇〇〇万円

災害死亡保険金 六〇〇〇万円

(二)  朝日生命

死亡保険金 一億五〇〇〇万円

災害死亡保険金二億五〇〇〇万円

(三)  三井生命

死亡保険金 一億五〇〇〇万円

災害死亡保険金二億六〇〇〇万円

(四)  大正火災海上

災害死亡保険金 五〇〇〇万円

3. 成立に争いのない乙第一号証、第三号証、第一二ないし第一五号証及び証人篠永勝昌、同石野絹江、同日高弘二の各証言を総合すれば次の事実が認められる。

(一)  被告において生命保険契約の申込を受けた場合は、担当外務職員から支社に送られ、支社から本社の契約部に送られてくる。本社の契約部では保険金三〇〇〇万円未満については、査定役が医学的な面からチェックをして承諾の決定をし、保険金額が三〇〇〇万円を超えるものについては、成立前契約確認として、資産、収入状態とか生活環境、他社への加入状況、道徳的危険がないかどうか、あるいは医学的な欠陥がないかどうかを調査したうえ契約部長が承諾の決定をなすことになっている。

(二)  訴外石野は、昭和六一年一二月一八日本件保険の申込書を募集者に手渡し、同日検査医である本重外科病院において検診を受けた。右申込書及び検診書は被告の鹿児島支社を通じ、同月二二日被告本社契約部で受理され、同月二三日被告の杉山医長が右検診書をチェックしたうえ同月二五日に契約部長篠永勝昌のところに回付された。同部長は医学的観点からみて訴外石野に問題はないと判断したが、高額契約であるので成立前契約確認の調査の手続を採ることとした。

(三)  右調査の結果、原告は同月二九日に不渡りを出し、同月三〇日に銀行取引停止となり、店も閉店していることと、他社に対し前記2のとおりの高額保険契約を締結していることが判明した。

被告は、右の調査に基づき昭和六二年一月七日本件保険契約見合せの決定をなし、その頃原告にその旨通知した。

(四)  原告は、昭和五七年に設立された日本料理、小料理を目的とする有限会社で、鹿児島市内に二店舗を有し、従業員は合わせて三四名を有し、経営は順調であるかに見えた。

しかし、訴外石野の本件事故をきっかけにして、前認定のとおり原告は不渡手形を出し、閉店となり、これに続き原告所有の鹿児島市樋之口町一〇番二五宅地一〇八・四六平方メートル及びその地上の店舗に対し昭和六二年一月一〇日受付による債権者石野孝の仮差押、同月一四日受付による債権者南国殖産株式会社の仮差押、同月一六日受付による債権者大蔵省の差押、同月二三日受付による債権者鹿児島県の参加差押、同月二三日受付による債権者株式会社徳栄産業の強制競売開始決定、同年二月一八日受付による債権者大里美和子の仮差押、同年九月二一日受付による債権者鹿児島県の参加差押等がなされた。

右事実によれば、原告には本件保険契約申込の時点において、履行期を徒過した多くの取引上の債務及び国税、地方税の滞納があり、また他の保険会社に高額の保険に加入していること、被告が本件保険の契約前確認調査を行っている間に原告が手形不渡りを出し、銀行取引停止となり閉店したことが認められ、以上の事由は道徳的危険防止の観点から被告において本件契約の締結を拒否できる事由に該当するといわなければならない。

四、よって、その余の判断をなすまでもなく、原告の本訴請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒井眞治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例